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カレル・アンチェル~政治に翻弄された悲劇の指揮者

先日、夜中にテレビのチャンネルを切り替えていたら、
NHKでアウシュヴィッツの囚人オーケストラに関する番組をやっていた。
引き込まれる様にこの番組に見入ってしまった。
(番組名は失念しまったが、多分「死の国の旋律~アウシュビッツと音楽家たち~」
という番組の再放送と思われる)

 このアウシュビッツに存在したオーケストラは、強制労働に向かうユダヤ人たちを送迎する際に音楽を演奏したり、或いは、新たに収容所にやってきたユダヤ人達が降ろされる駅で、明るい雰囲気の曲を演奏し、人々を強制収容所やガス室にスムーズに送り込むための役割を担った。全く欺瞞に満ちたオーケストラだった。
 駅に着いた人々が、オーケストラの演奏を聴いて「オーケストラが有るくらいだから、きっと悪いところじゃないんだよ」と言っていたという話を聴くと、なんとも腹立たしく悲しい気持ちになる。  勿論、強制収容所に入れられた人にとっては、オーケストラに入る事が確実に生きていける唯一の道であり、当然のことながら応募は殺到した。番組内でインタビューされていた老婦人(ヴァイオリニスト)も自分はたまたまヴァイオリンが出来たから生きながらえる事が出来たが、一緒に収容所に入った母親はピアノしか弾けず、オーケストラには入れなかった。彼女は重労働のため病気で死んでしまったと言う。
 このオーケストラの演奏する陽気な音楽は、収容所で十分な食料も与えられないのに想像を絶する重労働を強要されている人々にとっては、不快極まりない物で、戦後、開放された後も、収容所から生きて出られた人達とオーケストラメンバーには微妙な距離感があるようである。

 初めてアウシュビッツのオーケストラの事を知ったのは、チェコの指揮者であるカレル・アンチェルのプロフィールの中であった。彼は1908年に南ボヘミア地方のトゥカピ出身の指揮者で、プラハ音楽院で微分音で有名なアロイス・ハーバに作曲を、ターリヒに指揮を学んだ人である。師ハーバの歌劇「母」の初演を指揮したヘルマン・シェルヘンのアシスタントを務めた事がきっかけとなり、彼の指揮クラスで指導を受け本格的な指揮活動の一歩を踏み出した。
 1933年にはプラハ交響楽団の音楽監督に就任するも、1939年にチェコがナチス・ドイツの支配下に入ると、ユダヤ系だったアンチェルはプラハ響を追われ、アンチェル自身を含めた家族全員がアウシュビッツに移送、収容所で家族は虐殺され、アンチェルのみが生還した。この収容所の中でアンチェルは弦楽合奏団を組織し演奏を行った。その模様はナチスの宣伝用映画にも使われたのだった。

20世紀の不滅の大指揮者たち
アンチェル(カレル) チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 ショスタコーヴィチ ノヴァーク クレイチー ヤナーチェク スメタナ ウィーン交響楽団
東芝EMI (2002/07/10)
 チェコがナチの支配から解放された後、アンチェルは楽壇へ復帰を果たし、1947年から3年間プラハ放送交響楽団の指揮者を務め、1950年にはクーベリックの後任としてチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任する。
1948年の共産党クーデターに端を発したチェコのソ連衛星国化に反発したクーベリックが辞任・亡命して以来、低迷状態に陥っていたチェコ・フィルを立て直しチェコ・フィルはターリヒ時代の栄光を取り戻した。
 ところが1968年、アンチェルがアメリカ演奏旅行中に、いわゆる「プラハの春」事件が起こり、チェコはソ連を中心としたワルシャワ条約機構軍の軍事介入を受ける。アンチェルは旅行先で帰国を断念、亡命の道を選び、同時にチェコ・フィルの常任指揮者も辞任する。亡命後の1969年に小澤征爾の後任としてカナダのトロント交響楽団の常任指揮者に就任したが、 そのわずか4年後、亡命先のトロントで悲劇的な生涯の幕を閉じた。

 アンチェルの音楽はその悲劇的な生涯にもかかわらず、何とも透明で美しい。特に「20世紀の不滅の大指揮者たち」に収録されているマルティヌーの交響曲など、この指揮者の新しい作品を演奏する事への意欲とともに、非常に良い耳と、作品の内容への完璧な理解力が備わっている事が解る素晴らしい演奏だ。
お国ものともいえるドヴォルザークの交響曲第8番は熱くエネルギッシュな演奏。アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団との、言わば他流試合なので、多少演奏の荒さは有るが、曲が持っているダイナミックでかつ抒情的な側面も遺憾なく発揮させている見事な演奏。


ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
アンチェル(カレル) チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 ショスタコーヴィチ
コロムビアミュージックエンタテインメント (2003/07/23)


ショスタコーヴィチの交響曲第5番は手兵チェコ・フィルハーモニー管弦楽団との演奏だが、水も漏らさぬ緊密なアンサンブルと、集中力の高い音楽表現が、ショスタコーヴィチの作品の中でも古典的なフォルムを持つこの曲を見事にまとめあげている。この演奏を聴くと、アンチェルが見事なオーケストラビルダーであり、かつ音楽家としても非の打ち所が無い、いかにすごい指揮者であったのかが良くわかる演奏だ。

この素晴らしい指揮者、西側への亡命後程無くして亡くなってしまったので、我々に残された音源は殆どがチェコフィルとのもの。もっと長生きしてくれたらもっとたくさんの素晴らしい演奏を聴けたに違いないし、彼の評価も全く違ったものになったであろうことは想像するに難くない。 アンチェルは死後、祖国に戻り、プラハのヴィシェフラド墓地にスメタナ、ドヴォルザークなどのチェコの偉大な作曲家とともに眠っている。

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演奏家特集 カレル・アンチェル

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コメント

忘れたころのコメントになってしまい失礼しております。このブログスパムがやたら多くてコメントを表示しない設定にしていたら、コメントしていただいているのを気がつきませんでした・・・。
アンチェルは本当に素晴らしい指揮者ですね。その素晴らしさに見合う評価がされているとは思えないのが、本当に残念なところです。

はじめまして、私のブログへTB頂きありがとうございました。
以前、アンチェルは戦争で家族を失ったと聞いたことがありましたが、
これほど悲惨な体験をされているとは知りませんでした。
まだ彼の演奏には多く触れていませんが、一音一音聴こえてくるような、
丁寧な音作りが忘れられないですね。私からもTBさせて頂きました。


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